2007年11月16日
続々々・姉妹旅行
目を開けると、午前6時。
いやぁ、よく寝たもんだ。
とりあえずは風呂ですな。
昨夜は析出物いっぱいの内風呂、であるからして、今朝は露天に入ろうかと。
こちら、湯口からは源泉が注がれてはいるが、温度があまり高くないため加温した湯が底近くからひそかに(加温表示あり)注入されている。
特に眺めがすばらしいわけではないが、そこはやはり露天の開放感、ぬるめの湯とあいまって長湯をしてしまう。
ほこほこの体でミセスをいざない、朝の散歩へと。
散歩といっても、温泉街などあろうはずのない谷あいの一軒宿。
谷川にはクレソン生い茂り、となり(くっついてるわけではない)の家の庭先には虹鱒泳ぐ池、シロヤギさんにクロヤギさん、そしてサル!
甲斐犬もどき(つまり斑に汚れてる)の人(犬?)のよさそうな老犬が所在無さげにしていたので、「これこれ」と呼べば尻尾を振って散歩のお供。
これで雉がいれば桃太郎ではないか。
とか言ってるうちに朝食の時間。
朝から「松茸ご飯」である。
しかもたっぷりの松茸。ご飯の中で松茸が絡み合ったり塊になったり。
飯粒掻き分けて松茸を探す(通常、そうします)ような必要なし。いくらでも湧いてきます。
おかずいらない。
名残はつきねどわれらにも予定があり、楽しいご主人に見送られて出発。再来を誓う。
晩秋の境峠を越え、木曽薮原へ。木曽路を下って、次なる目的地は妻籠の宿。
駐車場で車から降りると、ばーさんたちが「妻籠はどっち?」
いや、ここ妻籠ですけど・・
続いて「どっから(どこから)行くん?」
いや、案内板あるから見なさいよ。矢印もあるし。
何でもかんでもボクに聞かないように。ここの住人じゃないんだから。
宿場町では旅番組?のTVロケ中。この時期ここならそうだろうねと、よくわからない納得をしていたところ、やおらデジカメを取り出した母が
「あの人雰囲気がいいから背景にしよう。もうちょっと近寄って、も少し後ろ」と、妹に指示を飛ばしている。
いや、あの人たちTVの出演者ですし、カメラマン困ってますし。ていうか、撮影の邪魔しちゃだめ!
この宿場町は、それらしい雰囲気を再現した「お土産街道」と、価値ある本物の「宿場街道」とが、境界線をあやふやにして成り立っているようなところで、大勢の観光客で賑わいを見せるのは「お土産街道」のほうである。
また、街道沿いに(景観を壊さぬよう配慮された)ベンチと灰皿が多数。ほんとにたくさん。
そりゃそうだ。古い古い乾ききった木造建築の群れ、咥えタバコでポイ捨てなんかされた日にゃ「焚き火街道」になってしまう。
ほんとによく燃えそうだ。
住民&観光客向けのJAのお店を発見。
表のほうは観光客向けのみやげ物がいっぱい、奥に入ると住民向けの日用品や食料品。
みやげ物でなく、住民が日常口にしてる(つまり、安くてうまい)信州味噌がありはしないかと、奥のほうを探検。
発見したのは地粉(シラネ小麦)100%の中力粉。これはうまそうではないか。
表のほうでは蕎麦粉発見。ただの蕎麦粉ではない、「開田高原産」、しかも新蕎麦。
開田といえば・・bakubakuさん、お元気ですか?
工場見学をカットしてしまった井筒ワインも発見。赤・白と買い込む。
小麦粉を「おいしそう」と言って購入する人は少ないと見え、そう言ったボクはレジで思いっきり変な顔をされてしまった。
でもおばちゃんの「おやきもできるよ」の声に勇気100倍!
食、観、遊、買と、欲するものほぼ完璧に我が物として、今回の旅はこれにて上がり。
帰途、恵那峡SAからはるか御岳を望めたのは嬉しいカーテンコールとして、ひたすら家路を急ぐのであった。
もちろん安全運転で。
2007年11月14日
続々・姉妹旅行
リンゴ満載にもかかわらず、ポンポコ3号快調です。
やはり市街地より郊外かと。乾燥した低温の空気で充填効率も上々。かろやかです。
波田町を抜け、前川渡から乗鞍高原へ。
ぐんぐん高度を上げ、やがて目の前に雄大な乗鞍が。頂上あたりはもう雪が積もってる。
ここまで来ると空気はぐっと透明度を増し、空はもはや成層圏の色。見たことないけど。
あれ落葉松、あれ白樺と、見るものすべてが眼福となる。
ちなみに上右の写真は、現在ボクのデスクトップの背景です。
乗鞍林道を奈川へと下るが、程よく下った頃に「通行止め」の看板!
ポンポコ3号、泣く泣くUターン。
せめて高原の分かれ道あたりに表示できないものでしょうか。
再び前川渡に下り、奈川渡ダムから野麦街道へ。
宿泊地「富貴の湯」に、行程表とは逆の「下からこんにちは」
建物は・・ぼろっちぃ、のは先刻承知。気にしません。
ここの魅力は家族経営のあったかさ、ご主人・女将さんの人のよさ、源泉掛け流しの温泉、「山あい」をひしひしと感じる静けさ、そして松茸!手打ち蕎麦!
ひとつ追加で、無料の温泉卓球!
ウォシュレットなんてありません。どころか、トイレも洗面も共同で部屋の外。でも気になりません。
壁は薄く、となりの部屋のばーさんたちの話し声がマル聞こえ。でも気になりません。
温泉は析出物多く、底に泥を敷いたよう。でも気になりません。
そんなことが気になる方にはお勧めしません。でもボクはこんなところが好きなんです。
さて夕食。
松茸のホイル焼き・松茸の茶碗蒸し・松茸の土瓶蒸・きのこ鍋・鯉の旨煮・なめこのおろしあえ・虹鱒の刺身・岩魚の卵等の先付け・絶品野沢菜。そして最後に手打ち蕎麦。
これすべて地産地消である。すべて本物である。
観光バスで行く大旅館では絶対マネのできないことである。ざま~見ろ!
酒はもちろん地酒。お任せで、燗でうまいものをと頼んだら「大信州(だったかな?)」で、非常にのど越しのよいお酒。
**銘柄については、飲むほどに忘れるので定かではありません**
食後、ミセスと温泉卓球で腹ごなし。程よく酔いが回って、剥製の熊に抱きついたのはご愛嬌。
証拠写真もあるけど掲載しません。
この頃ばーさんたちは部屋で(他に宿泊客がいないのをいいことに)大合唱大会。
完全に子供に戻っていたそうな。
8時半、部屋の布団に寝そべって、「温泉入る?」と、ミセス。
「ちょっと待って。目を閉じて考える」と、ボク。
お約束どおり、翌朝まで目を閉じて考えたラビット夫妻でした。
-続く
2007年11月12日
続・姉妹旅行
哀愁の飛騨高山を後にして、
「とりあえず温泉入ろう、温泉!」と気分転換。
平湯温泉は行き付けの「神の湯」へ。
この季節、この時間でも、ウィークデイならではの一番風呂。
ミセスたちは女湯貸切、ボクはたった一人で男湯貸切、なんと贅沢な時間でしょう。
露天風呂から目を上げれば、朝日を受けて黄金に輝く落葉松林。
青を通り越して群青色の空。
一晩走行の、けだるいような心地よい疲れ。
ゆっくりたっぷり浸かって、火照る顔に寒風が気持ちよい。
もういいだろうと温泉からあがり、ミセスたちはと見れば、これがまだらしい。
一服しながらのんびり待つとしよう。
ミセスたちの風呂上りを待ちながら、一服。
ミセスたちの風呂上りを待ちながら、二服。
ミセスたちの風呂上りを待ちながら、管理のおじさんと世間話。
ミセスたちの風呂上りを待ちながら、次のお客と世間話。
ボクとて結構長く浸かってた気がするのだが・・・遅い。
ようやく上がってきたミセスとばーさんたち、ここは若返りの湯ではありませぬ。
いざ出発しようとすると、ばーさんたち「化粧をする」という。
スズメ百まで踊り忘れず・・
阿房トンネル越えて、いざ長野県。
道の駅「風穴」で稲核菜の「おやき」で朝食の不足分を補充。
山がきれい。空がきれい。
で、軒下のベンチに座り込んだばーさんたち、動かない。
母は姉から送られたばかりのケータイでなにやら一心不乱にメールもどき。結局送信できたのか?
このときの母の容姿といえば、ハンドバッグを肩に斜め掛け、首からはケータイとデジカメの最新アイテムをぶら下げ、その首には寒さよけのスカーフ、そして帽子と満艦飾。
なにやら怪しい風体。
余談ですが、今年7月に姉や姪に連れられ小豆島旅行に行った母は、現地でデジカメ(これはボクのプレゼントというかお古)をなくしてきました。
落ち込んだ母は、それから何でもかんでも首からぶら下げるようになったとさ。
コニカミノルタの「DiMAGE Xg」を拾った方、これを読んだら連絡してください。
本題に戻ります。
残り少ない時間を惜しげもなく使うばーさんたち。
予定は大幅遅れで、この後予定してた「井筒ワイン工場見学」を丸々カット。個人的にはたいそう楽しみにしてたのですが・・またの機会に。
で、早めの昼食は蕎麦の名店・朝日村の「もえぎ野」へ。
一昨年、今は亡きアンクルと「車いすの旅」で訪れ、とうじ蕎麦(蕎麦のしゃぶしゃぶ?)に感激したお店です。
11時の開店直後に入店したため、ゆったりと蕎麦を味わい、蕎麦名人であるご主人ともいろいろと話ができて充実のひと時。
蕎麦もおいしかったけど、付き出しの「鞍掛豆」の塩茹でが絶品!
いただいたのはもちろん「とうじ蕎麦」。
満腹満足のおなかを抱え、次なる目的は「リンゴ」。
記憶を頼りに畦道田舎道をくねくねと走り、前回と違う道走ってると思いつつも、それでも不思議と行き着く「サラダ畑・武居農園」。
ちっちゃな直売所であるが、ここのリンゴはおいしい!
かつて国道沿いの某直売所で試食して(帰り道だった)、「こりゃだめだ」と、わざわざここまで引き返したことがあるくらい。
姉と姪と息子に一箱ずつ送り、お持ち帰り用はお得なビニール袋詰め。いささか不揃いだったり実割れがあったりと器量はミセス並だが、木で熟れているからこれがおいしい!
ほぼ買占め状態で、ルーフトランクに満載!
頭が重いよ!
-続く
2007年11月11日
姉妹旅行
行ってきました、恒例(高齢)の母の姉妹旅行。
81歳の母をかしらに妹二人が参加。
倉敷の叔母だけはアンクルの喪に服しているため、不参加。
運転手はボク、世話役(介護)はミセスの総勢5名。
そう、これはもう介護旅行に近いものがあります。
次回からはたぶん「車いすの旅」のカテゴリーにアップするようになるでしょう。
次回があれば・・ですが。
行き先は久しぶりの信州。といってもボクとミセスは5月に通ってるけど。
横浜からの帰り道、まだ夜も明けぬうちに駆け抜けただけ。
なので、信州で遊ぶというのは1年ぶり。
久々にラビットらしい旅行を、ということで選んだのが「信州奈川温泉・富貴の湯」。
この時期の信州、紅葉であり、新蕎麦であり、リンゴであり、マツタケである。
期間限定・松茸プランが14,850円とリーズナブルである。
さてさて、いつものごとく前日夜9時出発。
中国道から舞鶴道(西紀SAで早速土産を買い込む老姉妹)、R27経由で北陸道、福井からR158でまずは飛騨高山へ。
漬物のおいしい加納さんのお店は5月に引き続き、お休みの日に当たってしまった。
二度も振られるなど、人生を振り返ってもめったにないこと(ウソ)。
5月にも思ったが、ウィークデイだと露店の数が少なく、対面の商店側も開いてないお店が多い。
飛騨牛串焼きのお店や喫茶店、休みなのか開店時間が遅いのか、またしても朝飯喰いっぱぐれ。
「駐車場でお金を落とすより、朝市でお金を落としてほしい」と言ってた市営駐車場のおじさん(今は自動になってしまったが、最初の1時間が50円とビックリ価格)、「街の整備が先」と庁舎の建て替えを後回しにした市役所、難しいとされていた古い町並みや古民家のバリアフリー化の実現等々、尊敬に値する高山市の行政と伝統が呼んだ成功。
目標とされる観光都市「飛騨高山」。
千客万来の「飛騨高山」
これに対して商業従事者。
観光客が少ない日には休む-むろん休みは必要であるが-、開店時間を遅らせるなど、朝市の活気を感じられなくするなどもってのほか。
観光バスの団体客にしか試食を出さない巨大土産物店。
接客態度が横柄になり、グループ客など見向きもしなくなった旅館。
数年前、6人グループで宿泊したわれらを突き飛ばして、バスの団体客を見送りに駆けて行った仲居さん、個人単価はわれらのほうがずっと高かったはず(スイートに泊まった)。
あれから高山には宿泊しなくなった。
ということで、飛騨高山はもういいかなと。
でも「飛騨ネギ」だけは買ってきました。
90歳を過ぎてなお、早朝よりお店を出しているおばあちゃんの「みだらし団子」もいただきました。
これから信州に行くのに、朝市でリンゴを購入するという離れ業を演じた母。
しかしながら、これがありがたい朝飯になったのである。
ボクを除き食後の薬が手放せない面々、朝食は大切なのです。
母は偉大。
でも買いすぎ。
-続く
2007年05月20日
横浜から
深夜の中央高速をひた走り、未明、松本着。
そのまま乗鞍高原へあがると、おお!桜が咲いているではないか!
薄明るくなってきた、雪の残る乗鞍を背景に咲く桜、よいではないか。
たった二日とはいえ、横浜の雑踏で人酔い・人疲れした体に山の霊気がしみわたるような・・
癒されます。
すっかり明るくなった山を下り、安房峠を越えて飛騨高山へ。
とりあえず朝市で朝食を。飛騨牛串焼きに五平餅、みだらし団子と思いつつ。おや、宮川通りがいやに静か。
さすがの「高山朝市」も、連休疲れと見える。![]()
飛騨牛のお店開いてないし・・、五平餅のお店も、みだらし団子のお店も・・。
朝市の露天もぽつりぽつり。
人がいないならいないで方向転換。
むかし町散策と洒落こみました。シックでレトロでなかなかの雰囲気。
「やっと二人きりになれたね」
「あほ!」
さて、標高1000mの小鳥峠。
湿原は水芭蕉が花盛り。木道をゆっくりのんびり、今日は早朝より繰り返しの「命の洗濯」。抗菌加工までできちゃいそうです。
清見ICから白鳥ICまでは東海北陸道。あ、白山が見える。
九頭竜を福井方面へと下り、勝原あたりで国道から分かれて再び山の中へと分け入る。
山道を走ること約30分、正面には白山連峰三の峰。
やがて到着したのは白山登山口にもなっている山の一軒宿「鳩ヶ湯鉱泉」。
ボクの中の『いつか行きたい立ち寄り湯』No,1だったところです。
ちなみに、次に行きたいのは大分県は由布院のはずれ、伽藍岳噴火口そばの塚原温泉、そして同じく大分県川底温泉の蛍川荘です。
話し戻って、この鳩ヶ湯鉱泉、男湯はボクが一番風呂とみえ、湯船には湯の花がびっしり。これは素敵。
女湯はなにやらにぎやか。ミセスはなにやら先客とお話しをしている模様。
窓からは白山連峰三の峰。
次第に雲が厚く、低くなるが、それも一興。
ボクのんびり。
いのちとからだの洗濯。
女湯のにぎやかな客は毎週福井から入浴に来るグループだと、無愛想な宿の爺さんが問わず語りに話してくれた。
このころから雨。
福井に出るころ雨脚激しく風雷を伴うも、湯上りのわれらは上機嫌。
敦賀より若狭街道へ出ると、風はただ事にあらず。
夕べ出発前に見た天気図、この低気圧は急速に発達しながら・・のタイプと想像したとおりである。
小浜では風速25~30mとのボクの見立て(翌日の報道で30mだった)。
車はほぼ西向きに走っているのに風向きの変化が激しく、別のマイクロ低気圧がすぐそばにある予感。
海側を見ると、逆三角錐の非常に密度の高い雲の塊。
こんな雲始めて見た。これがうわさの漏斗雲。
下に向いてとがったところがどんどん伸びれば、海面に届けば竜巻である。
めったにないチャンス。見たい!いやいやそれは不謹慎。などと考えているうちに漏斗は平べったくなり、竜巻の発生には至りませんでした。
めでたしめでたし。
ちと残念。
さて、ボクたちは横浜まで何しに行ったんだっけ。
2007年05月16日
横浜へ
やっと就職した息子の祝いと、その息子がお世話になりっぱなしの姉へのお礼を兼ねて、8ヶ月ぶりの横浜行き。
お土産は手作りの鶏腿の燻製・ビーフジャーキー、Mitsuzoブランドのシードルなど、ほかでは手に入らないものばかり。
そうそう、知る人ぞ知る鶴声庵の千本桜(これぞ銘菓!)も忘れてはいけません。
母と、これにくっついて叔母も行く予定でしたが、母が風邪気味のため、大事をとって自宅待機。叔母に母の世話を頼み、われら夫婦はとっても身軽な二人旅。
午前11時前、宿直明けで眠い目をこすってるミセスを乗せてスタート。
珍しくも、今回は横浜直行である。いつもならば北陸回りで、福井or富山から信州へ出て、中央道を通って行くのです。
他人はボクを「阿呆」と言う。
で、直行すると近いのです。夕食の時間に間に合うよう、姉宅着。
夕食は姉夫婦、同居の長男(今年より警察官)・次女(不動産関係)、嫁いだ長女(主婦・元プログラマー)、あたふたと駆け付けたわが息子(就職しながらもいまだ週一で通学中)、残業済ませた長女のつれあい(プログラマー)、そしてわれらポンポコ夫婦の大宴会。もちろん深夜まで。
さて翌日、食材買出しとレシピ収集に中華街へ。長女夫婦が案内係(彼、仕事休んじゃった!)、と言っても中華街に入ればボクが案内係。市場通りで食材・調味料を次々とゲット。
レシピ収集とお食事は、新しいお店を開発すべく路地裏へ路地裏へ。勤め人やら地元の人で賑わってるお店を発見、今日はここ。
面白そうなメニューを次々注文、店のお兄さん、「こんなに食えるのかよ」って顔してます。
頼んだものは「梅蘭焼きそば」、「排骨麺」、「牛ばら肉焼きそば」、「酢辛湯」、「ワタリガニのチリソース」、「焼き餃子」、「水餃子」である。
「梅蘭焼きそば」と「ワタリガニのチリソース」、レシピいただきっ!
この後、腹ごなしに山下公園からハンズまで歩き(知ってる人は知ってるけど、かなりの距離)、姉宅に戻れば待ち受ける大宴会。
こうして2日目の夜は更けて行く・・
三日目は休養日。とか言いながらもご近所にオープンした「ららぽーと横浜」視察。でっけえ~!
広くて綺麗でお高くて、ボクとしては「中華街」や「アメ横」、「秋葉原」の猥雑な雰囲気のほうが好きです。おもちゃ箱をひっくり返したのが好きです。
予想外に疲れてしまった。
三晩連続の大宴会も、ボクはアルコールなし。なぜならこの後出発ですから。
明日は信州回りで(つまり遊びながら)一日かけて帰ります。乗鞍高原、飛騨高山、どこかで温泉、いったい主目的は何だ?
そして深夜、中央高速上の人となる。
** 続く **
2007年01月27日
初詣 最終回
驚くほど清々しい朝に、これは朝寝なんてしていられない。
ミセスをたたき起こし、風呂!風呂!風呂!
ここの温泉は湧出温度がちょっと低く、加熱が必要。
であるからして、朝湯の時間を前夜告げて、時間までに沸かしていただくのである。
本当は朝暗いうちから入りたかったが、そのこともあってちょっと遠慮。
それでも6時にはすでに用意ができてるあたり、ご苦労様、そしてありがとう。
朝食後、出発準備が整ったわれらに、
「今度は5月においで、山菜がうまいから」
と、社長のお言葉。
もちろん、再来を誓うわれらであった。
宿を後にしたわれらは、本耶馬溪はかの有名な一目八景へと。
梢に葉っぱのないこの時期、奇石・奇岩がよく見える。
しかも他の観光客など影も形もなし。
ちょっとコーヒーでもと、喫茶店というか食堂というか・・に入る。
コーヒーにクッキーとかピーナツとかが付いてくるのはよくあるが、ここではなんと!椎茸の辛子漬け!
一口食べて、ボク、泣きました。
ミセスも同じように、泣きました。
半端でない辛さ!
話の種にひとつ購入。
さらに北上し、青の同門を見学して、10号線に出ればいつものパターン。
道の駅「おこしかけ」で最後のお土産購入。出店しているみやこハムでハムやらソーセージやら。閉店間際の魚屋さんでズガニやワタリガニ、生きエビなど特価で購入。売り切れ閉店だからほんとに投売り。
車には常にクーラーボックス、これ常識。
われら、いつも以上の大満足で帰途に着きましたとさ。
2007年01月26日
初詣 その2
ほっこりあったまった後は広々の久住高原へ。久住は今日も広い~
この景色を見ると、帰ってきたような気がするのはボクだけかしら。
眺めのよいあざみ台でしばしマッタリ。ついでにここでお昼ご飯。それなりにおいしいのである。
さて、今度は瀬ノ本高原から県道40号を北上。
目指すは「九重夢大吊橋」。やはり一度は見ておかねば。
昨年、開通直後は大変な賑わいで駐車場に入るのもひと苦労だったようだが、1月も終わりに近い今日この頃、いくら日曜とはいえ訪れる人は少ないのではないか・・・と思ったとたんに渋滞の最後尾に。
甘かった。
延々続く車の列。
広大な駐車場ゆえ出る車も多く、思ったよりは早く駐車場へ。
一人当たり500円也を支払い、橋の上というか人ごみの中に。結構揺れます。確かに高いです。眺めはいいです。振動の滝もよく見えるし。
けど、
ボクの頭の中の「吊橋」は十津川の谷瀬のそれであり、ちょっと反則気味な感じ。
「構造上、瀬戸大橋は吊橋である」的な感じ。
大吊橋往復後、県道40号-通称『滝街道』-を北上、国道210号線経由で玖珠方面へ。
脇道にそれて『瑞巌寺磨崖仏』など見学しながらワイワイと。
玖珠より国道387を北上すること約15分、『杣道かっ!』というような道に分け入ったところに、今日の宿泊所『宇土の庄』があります。
案内板がなかったら絶対入ってこないと思う。
もちろん!ケータイなんぞは使えません。
見上げれば耶馬渓の奇石・奇岩が覆いかぶさり、このところの群発地震がとっても気になる。
ここ『宇土の庄』は1Fが食事処と特産品売り場、2Fが宿泊施設で5部屋。
炭焼小屋があったり、山女の釣堀があったり、湧水のプールがあったり、放し飼いのヤギがいたり、そう、まったく健全な自然の中の施設なのです。
滞在型体験施設とか。
世話好きで話好きの社長(と呼ばれていた)や、実質切り盛りしてるきれいなお姉さん(ボクの感想)や、気さくでイケメン(ミセスの感想)のお兄さんが実に楽しそうに働いてる。
部屋は一面『木』。床も壁も天井も、すべて『木』。
失礼、畳を敷いてありました。床が木なのは廊下でした。
別棟(温泉棟)にある温泉に入ってびっくり!
この色、この香りは紛れもなくあの貴重な『モール泉』ではないか!
地元の方が2名先客として湯に浸かっていたが、「岡山からこの温泉に入りに来た」と言うと、
「ここが一番いい場所だからこっちに来なさい、代わってあげよう」と、何といい人たちだろう。
部屋に戻り、ぼけーっとしてるところに「お食事の用意が・・」の声。
1Fの食事処に降りると、期待に違わずの田舎料理(褒めてるんです)。
メニューを見て、追加で『山女のそろばん(背越し)』と麦焼酎をオーダー。
ドジョウの天ぷら、おいしかったです。『ホトケドジョウ』というそうです。食べられてほんとに仏になっちゃいました。ナムナム。
なんか、田舎のばあちゃんの家に来た・・そんな感じ。ほかにお客いないし。
腹ごなしにぶらりと表に出てみれば、奇岩はすでにシルエット。見上げれば冬の星座が。
街の灯りなく、喧騒どころか物音もなく、我等以外に人の気配もなく、したがって我等もぼーっとするより他になく、しばし虚無の人となる。
2007年01月25日
初詣
初詣は恒例の阿蘇神社。
なぜ阿蘇神社かというと、正月早々出かける口実で、その実態は「温泉三昧」。
とまる所もちょっと面白いとこ見つけたし。
いつもの仲良し三夫婦で出かける予定でしたが、B家・身内で取り込みがあり、急遽キャンセル。K家・息子さんが体調を崩し、ダンナのみ参加。
で、急遽ボクの母と叔母が参加することになり、何とか最小催行人員確保。
例により土曜夜8時出発です。
今回からデジカメはオリンパスSP350になりました。
高機能だが無骨な外観、あまりの不人気(マニアの間では高評価)に、きっと生産中止・投売りになると踏んでじっと待っていた機種です。
そして思惑通りに安価で入手、オリンパスさんごめんなさい。
それはさておいて、未明にはいつもの禿の湯温泉「くぬぎ湯」到着。
適度に寒く、まずは温泉が何よりのご馳走。
体があったまると、おなかがすいてくる。
不参加のK婦人がご主人に持たせてくれたお弁当、地獄釜でふかして熱々の朝食。K婦人にみんなで感謝。
心身ともに満ち足りて、出発。
満ち足りた状態で阿蘇神社到着。まだ暗い。
足りてないのは睡眠だけと、車中で仮眠。
1時間後、周囲の明るさに目覚めて、まずは今回の目的(口実)である初詣。
毎年見てるけど、ここの楼門はきれいです。優れたデザインです。
さて、今回はここから新しいルート。
阿蘇一宮からR57を東へ。
まずは「道の駅・なみの」で休憩、まだまだ土産は買うなとクギをさす口の下から、ばあさんたち何か買ってる。
次なる目標は、また温泉。初入浴の「白丹の湯」である。
一応場所はチェックしてあるが、念のためナビで探すと、おお、ちゃんと出ているではないか。
で、ナビまかせで安気にドライブ。
ところがナビ君、ひとつ手前で曲がれという。そして山の中へといざなう。地元の人さえ通らぬ山越えの道を選んだのである。
そしてついに、谷あいでGPSの電波を見失ってしまい、地図上では道路の上さえ走ってないことに。
やはり頼りになるのは持って生まれた野生の勘で、特に太陽の位置が低い場合は方角がつかみやすい。
杣道を抜け、山ふもとにある温泉に山の方からおはようさん。
ここ「白丹の湯」は地元の人たちがお金を出し合って建てた施設だそうで、なかなかいい感じ。お湯ももちろんいい感じ。
さて、お仕事の時間になったので、続きは後日。
2006年11月25日
信州団体旅行 最終回
飛騨高山でお昼を食べて、解散。
その予定で出発。
が、R158は道の駅「風穴の里」辺りから雪がちらちら。梓湖を過ぎるあたりから道端が白く・・
そしてついに、阿房トンネルを抜けると一面の銀世界。
といっても新雪だし、積雪も10cm程度。雪道走りなれてる岡山組は全くへーき。ノーマルタイヤだけど。
横浜組は八ヶ岳で一冬過ごした姪夫婦、準備よくスタッドレス装備の義兄一家と、これまたへーき。
問題は東京の姪一家。
雪道なぞ見るのも初めてのだんながビビリまくり。「引き返そうよ~」と、引きつりながら半べそ。
平湯温泉入り口の広場に車を止め、しばし協議。
と、同じように広場に止めようとした後続の車が曲がりきれずに、ドーンという音とともに広場横の溝(結構深い)に落下。
事故の目撃が決定打となり、この場で解散。関東組は再び阿房トンネルを抜け、松本方面へ。
岡山組はこのまま平湯峠を越えて高山を目指すと。
降りしきる雪の中、突然の解散。安房峠涙の別れである。
ところが、われら岡山組が平湯峠に差し掛かったところ、スタックした車の数珠繋ぎ。観光バスまでスタックしてる。
最初のうちこそかわしながら進んだものの、登りにかかると動けなくなった車を追い越そうとして反対車線に出たままスタックした車で道路は完全封鎖状態。
登りに向いて一旦止まってしまえばいかな我らでも動けない。
「だめじゃ~」と、まず甥っ子がUターン。続いてポンポコ3号、見かけによらない身軽さでくるっとアクセルターン。今来たこの道かえりゃんせ。
松本平へ向けて峠を下り、道路から雪がなくなるころ道の駅「風穴の里」到着。ちょっと一服。
駐車場でぐるっと見回すと・・先ほど「涙の別れ」を告げた関東組がいるではないか。
「やぁ、やぁ、やぁ」と感動の再開。
母の喜ぶことこの上なし。
せっかくだからみんなでお昼を・・ということで松本市内へ。
そばの名店(有名店?)「榑野」へ。
何せこの人数、本店では断られ、支店のほうにやっともぐりこむ。
そばを待つ間にまたまた話に花が咲き、昨日と同じような昼宴会。デジャブ?
いやいや、総勢20名の旅行となると、食事処を探すのと食事(宴会)とにとんでもない時間を食ってしまうということがよくわかりました。ほとんどこれだよ。
今度こそ納得の別れを惜しみ、松本インターへ。あー美ヶ原にも雪が積もってる。高ボッチにも。
一荒れした後なので空気がとても澄んで、空真っ青。
岡谷トンネル手前で東を見ると、白銀に輝く八ヶ岳が、そして富士山が意外に近く、くっきりと。
一瞬だったけど、こんな綺麗な八ヶ岳、こんな美しい富士山は始めて見たよ。
車5台、総勢20名の引率で神経すり減らしたけど、時間のやりくりに難儀したけど、食事処探して右往左往したけど、雪で行程変更を余儀なくされたけど、
最後にこんなプレゼントがあったなんて。
終わりよければすべてよし。
2006年11月21日
信州団体旅行 その4
宿泊はいつもの「浅間温泉・玉之湯」。
「車いすの旅」ですっかりおなじみの、信州の常宿です。
今年4月にリニューアルして、バリアフリーの部屋が増え、料理長も替わったとか。ぜひとも行ってみなければと思っていたところです。
駐車場に5台ぞろぞろと入り、外から改めて旅館を見上げるみんなが口々に、
「温泉街のど真ん中ジャン!ラビットらしくない」とか、「結構でっかい旅館だね、ラビットにしてはフツーだね」」とか、「どんなとこに連れて行かれるか心配(楽しみ)してたのに~」とかおっしゃいます。
みなさん、なかなかボクを理解されているようで。
しかし、温泉街のど真ん中、それなりにでっかい旅館でも、ボクが選んだからにはそれなりの理由があるのです。
女将さんを始め、従業員の接客態度、そして笑顔、それに料理。支払う金額以上のものをサービスしてくれるところだからです。
何しろ20人のミニ団体旅行、大きな部屋をお願いしたところ、なんと15畳+8畳の特別室!
もうひとつは10畳+6畳の和室です。どの部屋も定員いっぱい。
まずは温泉温泉。
屋上にある展望露天家族風呂を仲居さんにお願いしてみる。
「空いてますよ。空いてるけど寒いですよ、というか寒いから空いてるんですけど」
あとさき考えず、そこを使わせてもらうことに。こんなときでないと空いてないし。
で、ミセスと入浴ですが、仲居さんの言ったとおり。おまけに風がびゅうびゅう。
「さ、さむい!」
「早く湯船に!」
「手を離すとパンツが飛んでいく~」
え~、なんと言うか、いろんな意味で情緒たっぷりの温泉タイムでした。
そんなあほなことしてるうちに食事の時間。
新任料理長の味、とくと拝見。
前料理長の下で長くつとめたというだけあって、基本的な味は継承。しかし随所に新たな主張も。
出汁のひき方が微妙に違い、ボクはこちらが好み。土瓶蒸しのマツタケも去年よりたっぷり。蕎麦は相変わらずおいしい。
なかなかに上手な業務引継ぎである。
運転手兼ツアーコンダクターでくたくたのボクは、大好きな清酒「真澄」ですっかりいい気分。
*真澄-口の中で酸味を感じるが、とても背筋の伸びた清清しい個性的な日本酒 好きです
大満足で部屋に帰るころには、ボクは半分夢の国。
だがしかし!部屋に帰ってみると、布団が敷かれてないではないか!
もしもし・・布団がほしいよ・・とフロントに電話。
フロント担当者ビックリ!平謝り。
待つほどもなく「申し訳ありません」と布団を敷きに。この頃ボクは八分目夢の国。
まだ出来上っていない寝床にもぐりこみ、ついに夢の国の住人。
布団を敷きに来てくれた方、いやみに感じられたらごめんなさい。
この頃特別室では、部屋中に敷き詰められた布団の上で、まさに修学旅行状態。
若者たちは持参のゲームに熱中(パパも一人いるけど)、それに割り込む子供たち、話に花咲く女性たち、思うまもなくベビーが泣き出し、スワッとばあばが駆けつける。
こんな集まり、一生のうちでもそう何度もない。
生前告別式(お通夜の部)、大成功です。喪主は寝ちゃったけど。
さて翌朝、ミセスとゲーム疲れの息子をたたき起こし、もちろん朝風呂。
湯船で大の字、ああ極楽。
朝食ももちろんおいしく頂きました。
ただ、野沢菜だけが、浅漬けというにはあまりにも浅すぎる・・野沢菜サラダ?
窓から見えるアルプス方面、なんとなく雪模様。
天気予報を見ていた甥っ子が
「飛騨高山、雪だって」
津山組はそっちに回って帰るんだけど。
老若男女の大所帯、出発までのドタバタも想像を絶するもので、ゆとりを持って組んだはずの予定より大幅に遅れて、何とか出発。
昨日からちょっと気になってたけど、いつも笑顔の女将さん、今回は少々お疲れの様子。
リニューアルしてからかなり忙しかったらしく、笑顔が少しこわばり気味。
もっと肩の力を抜いてもいいんですよ。ボクたちも肩の力を抜きに来るんだから。
蒲団のことを何度も謝ってたけど、ポカは誰にでもあること、気にしてないからね。また来るよ。
次回最終回、安房峠雪の別れ、涙の再会に続く
2006年11月18日
信州団体旅行 その3
ビーナスラインの売店で予想外の時間を喰ってしまったため(乳幼児を含む20人の団体は何をしても時間がかかるということをここで思い知った)、第一希望であった朝日村の蕎麦屋は断念。
人気の店だし、11時半には着いてなければ席の確保は無理。
とうじ蕎麦食べたかったな~。
第二希望の「唐沢蕎麦集落」へと向かうが、おりしも新蕎麦祭り。おりしも日曜。おりしも正午。
集落の狭い道は車でいっぱい。
どのお店も満席で、
「予約もせずに来られてもねぇ~」と、けんもホロロ。人気が出てくると客をあしらうようになるんですね。
そして、空腹を抱えた5台の車は当てもなく彷徨うのであった。
そうだ、確か室山のふもとに蕎麦屋があったような・・
記憶を頼りにサラダ街道を北上。
室山直下のあずみの亭へとたどり着き、
「もし、旅の者ですが、難儀しております」と、入店打診。
「ご用意できますよ、どうぞ」とのありがたい答え。
「20人ですが」と伝えると、
「エェッ!え、え~、ええ、あ~」と、交渉成立。
やっとお昼にありつける。時すでに1時半。
それにしてもメニューの豊富な店。「天草大王」って何だ?「たてがみ」って何だ?
もちろん蕎麦もあります。
玄関に置いてある熊の剥製に子供たちはびびりっぱなし。
中に入ると、生きたまま串を打たれ、もだえながら囲炉裏で焼かれるヤマメに、子供たちこんどは顔引きつってるし。
それぞれ好みの蕎麦を注文するが、本場の蕎麦というのはそう簡単には出てこない。
"顔を見てから蕎麦を打つ"とかなんとか・・。
ま、1時半過ぎて20人分だからそれもしかたない。
あれこれ話をしながらここでも時間の大量消費。
供された蕎麦は本場ゆえに並、他の地にあれば上というところか。
この後、松本平では一番うまいといわれる三郷のリンゴを買いにリンゴ農家へ。
少し早いかなと思いながらもサンフジを大量に買い込む。
それにしても木で熟れたリンゴのうまいこと。
そうこうしているうちに、え?もう旅館に入る時間?どこも観光してないヨ~。
またまた車5台連ねて、お泊りはいつもの浅間温泉「玉之湯」。
旅館での大騒ぎ(修学旅行じゃないってば)は、次回へ。
2006年11月15日
信州団体旅行 その2
集合場所・美ヶ原山本小屋駐車場、集合時間・午前10時。関東組が早朝出発でも十分間に合う時間。
でも、我等はちょいとその前にひと遊び。
昨夜津山を出発して仮眠取りながらのドライブで、塩尻着が午前5時。とりあえずはファミレスで朝ごはん。
そしていつものごとく高ボッチへ。
知名度は低いが、美ヶ原に勝る眺望の山。諏訪湖越しに見える富士は絶景。
ただ、天候に恵まれずいまだ絶景に逢えてはいない。
しかしながら、鹿が行き交い、兎が行き交い、鷹が飛び交う様は、それはそれで嬉しいのである。
今回も、いつものごとく霧の中。残念。鹿にだけは逢えました。
眺望はまたの機会の楽しみに取っておいて、山を下って下諏訪温泉へ。いつものごとく「朝湯」。
いつもの「児の湯」にどっぷりと浸かり、ああ極楽。
湯上りに諏訪大社参拝。にわか善男善女となる。
さて、集合場所へと向かうが、ちと早い。
で、御柱祭りで有名な「木落とし坂」の上へと行ってみる。
なるほどここから落とすわけか。なるほど一緒に落ちるわけか。なるほど死人が出るわけだ。
津山の祭りがこんな祭りでないことに感謝しつつ、美ヶ原へとビーナスラインを走る。
もちろんここも霧の中。
上まであがっても何も見えないので早めの合流を、と思って途中の土産物屋へ。
どうせ無塩バター買いに寄るつもりだったし、きのこ汁食べに寄るつもりだったし、ここに集合場所を変更しよう。
各車にケータイで連絡するもたまにしかつながらず、
「え?なに?どこ?」と言いながら目の前を通り過ぎてゆく者や、
「裏から上がってるからそこは通らないよ~」の返事や、
音信不通車などに痺れを切らし、「しかたない、上がるか。」
予定より2分早く山本小屋到着。関東組、勢ぞろい。津山組、あと一台。
予定より2分遅れて最後の車到着。なかなか優秀である。
が、しかし。
山本小屋はすでに今期の営業終了。
そして霧と霙の中。どもならん。
今度は5台そろって先ほどの売店へ。
よってたかってあったかきのこ汁。ああ生き返る。
ここでやっと再会を喜び合うことに。
外は霧。中はあったかでみんなまったり。
積もる話もいろいろと・・
ここでゆっくりしたために、お昼はひどい目に。
2006年11月14日
信州団体旅行
団体と言ってもツアーとかじゃなく、グループがとめどなく膨れ上がったという事です。
母曰く
「あまり先が長くないんだから(とってもゲンキなんですが・・)みんなの顔を見ておきたい。私のお葬式に集まってくれても私は会えないんだから」
というわけで、母を頂点とする親族大集合。生前告別式(?)の開催です。
親族(怪しい一族)の生息地帯は、地元津山と横浜・東京の二極集中分布。
では、間を取って信州松本に。
リンゴと新蕎麦、残り紅葉が待つ11月11日、午前10時に美ヶ原集合!
地元津山からは8名参加(内乳児1人)。車2台です。
横浜からは6名参加。車2台。東京からは6名参加(内幼児2人、乳児1人)。車1台。
合計20名、車5台が朝の美ヶ原に集合です。
津山発2台は前夜出発。1台(義兄系甥夫婦と乳児)は早めの出発で、諏訪あたりのモーテルで前泊。
我がポンポコ3号は遅めの出発。ポンポコ夫妻と母、叔母、義兄で早朝より遊ぶつもり。
横浜発の1台(姉系姪夫婦)は前日出発、蓼科あたりで前泊。前日から遊びまくるらしい。
横浜発のもう一台(姉一家+ウチの息子)と東京発の1台(義兄系姪一家)は11日早朝出発。一路集合地点へ。
老若男女入り乱れた怪しい一族ツアー、準備も大変でしたが予想をはるかに超えた珍道中、続きは後日。
2006年07月23日
湯治っていうか、温泉三昧 最終回
もともと「残雪の白山スーパー林道へ行こう!」ということから計画したこの旅行です。通らない手はありません。
高山から荘川へ、荘川桜を横目で見ながら白川郷へ。ガソリン満タンにして、いざスーパー林道。
そういや去年は通ってない。それまでは「回数券買うか」なんていうほど通ってたけど。
曇り空ながら、標高を上げるほど空気はさわやかに、気温は低く、心は軽くと変化する。
残雪に触れ、谷を覗き込み、崖におののき、滝を見上げ、予定していた「親谷の湯」は崖を下って徒歩往復40分の看板にボクの膝が疼きだし、今回は見送り。残念。
石川側に下りればそこは瀬女(セナ)高原。素敵な名前ではないですか。セナ様~。
そろそろお昼、探すのはもちろん「蕎麦屋」。
ありました。道の駅瀬女の敷地内に小ぢんまりとした「手打ち蕎麦・山猫」。
これがなかなかの味。辛味大根の絞り汁をわさびの代わりに使うのだが、想像をはるかに超えて、辛い!だが、うまい!蕎麦もつゆも申し分なし。ぶらっと立ち寄ったにしては大当たり。ブックマーク入りです。
さて今回の上がり湯は、白峰温泉「総湯」。
別名「絹肌の湯」というそうで、湯上り後、かなりの時間が経過しても肌はすべすべ。
アルカリ系温泉のスルスル感とちょっと違う、まるで絹の粉をはたいたような感触。絹肌の湯、納得です。ここはボクの「自慢スポット」のひとつ。
上がり湯にふさわしいマイルドで切れのよいお湯、心も体もとろけそう。膝、はんなり。
ということで、今回の予定はこれにて終了。後は安全運転で帰るだけ。
福井北から北陸道、敦賀で降りてR27、小浜西から舞鶴道、西紀SAで夕食摂るのもいつもどおり。
津山帰着はまったくの予定通り、9時ちょうど。
はい、JRラビットと呼ばれています。
2006年07月15日
湯治っていうか、温泉三昧 その3
膝の治療には温泉が一番!
ってことで、坂巻温泉旅館で立ち寄り湯。
これが実にいいお湯で。湯の華がしっかり舞ってて、膝ばかりでなく体中が癒されていきます。
決めた!来年はここに泊まって上高地散策!
全員異議なし。
安房トンネルを選択すれば、あっという間に宿泊地の平湯温泉に着いてしまう。それではいささか趣きにかけるので、安房峠旧道を越えることにする。何とか開通したばかり。
標高1,790mの峠である。
九十九折の峠である。
急坂で道幅狭く、かつてここを大型観光バスが通っていたなど狂気の沙汰である。
紅葉の季節には大渋滞で、峠越えに6時間以上かかったとか。
冬は当然閉鎖される道路で(でも国道!)、奥飛騨は陸の孤島であった。
現在この峠道を通る者はよほどの酔狂者(私です)もしくは写真や絵を趣味とする人である。
断崖絶壁や見晴るかす景色にワァワァキャァキャァ騒ぎながら峠を降りると、平湯温泉。
宿泊予定の「たなか旅館」を探せと言い終わらぬうちに発見。峠を下って来ればほぼ取っ掛かりの位置。
かつては温泉街入り口に位置していた旅館が、トンネルができたがために一番奥の旅館になってしまった。小ぢんまりとした目立たない旅館である。温泉街に宿泊した人の目にも、ほとんど触れなくなってしまった旅館である。
もっともマイナス面があればプラス面もあるわけで、ために大変静かな旅館である。感動ものの静けさで、食事が終わり、夜が更ければ「しんしん」と言う音が聞こえる。同行者の耳鳴りまで聞こえそうである。特に今回はわれらの貸切で、家族湯も使い放題。大浴場に露天風呂、家族湯と温泉三昧。
膝、喜ぶ。
さて翌朝、朝湯でまたまた膝を喜ばせてからの朝食。恒例の「おひつおかわり」も済ませて出発。
洋式トイレのなんとありがたかったことか。
まずは高山朝市で、行きつけの「加納さんのお店」にご挨拶。好評の漬物「酒泥棒」を大量に買い込み、お土産購入はこれにて完了。次なる予定は残雪の白山スーパー林道。
次回、最終回に続く。
2006年07月05日
湯治っていうか、温泉三昧 その2
乗鞍でゆっくりまったり過ごした後、俗世界に下山。
早朝から遊んでるもんで、まだ午前10時。昼ごはんにはちと早い。
ここで二度目の思いつき。そうだ、トンボ玉博物館に行こう!
場所がよくわからないのでコンビニで聞いてみる。
「わかりにくい場所ですか?」
「わかりやすいですよ、引返して右に曲がって、あとは看板がありますから。」
ところがその看板がない。
いや、正確には右に曲がったところに「こちら」とあったのだが、その後がない。行けども行けども、ない。おばちゃんの口ぶりからして“近く”という感じだったのだが・・
「これはきっと行過ぎたと思うから、引返そうか」
と言ったとたんに看板発見。ずいぶん遠いなと言いながら走るが、その後また看板がない。
松本市はとっくに抜けて安曇野市である。それもそろそろ北の端っこ。曲がってから20km以上走ってるし。
やっと看板発見。おお、今度は道案内らしく続けてあるではないか。って、安曇野市通り過ぎてすでに松川村だし。
最後をぐりぐりっと曲がってやっと到着。ここ、道広いじゃん。
どうやらジモティ専用の裏道を教えてもらったらしい。どうりで看板少ないわけだ。っていうか、遠いなら遠いと言ってくれ!松川村だと言ってくれ!
ま、到着したんだからいいか。いつもと違う角度でアルプスも見えたし。こっちから見ると常念岳ってこういう風に見えるんだ。独立してるよ。
で、トンボ玉には満足。きれいだし、繊細だし、変なジュエリーよりもトンボ玉のほうがよっぽどいい。
ここでミセスにお土産購入。トンボ玉のケイタイストラップ。ヨン様のストラップはそろそろ外せと。
さて、お昼前ではあるが、朝のお勤め。やっとモヨオシてきました。博物館のきれいなトイレを拝借。が。
!和式しかない!
曲がらない膝である。しかしせっかくのモヨオシである。猶予はないのである。意を決してしゃがむ。「ぐきっ!」と膝。「あれ~っ!」とボク。
涙は昼食のざるそばのワサビのせいじゃない。
その3に続く
2006年07月03日
湯治っていうか、温泉三昧
大切な膝のため、湯治もやむなし。と、出かけました。
メンバーは仲良しのK夫妻・B夫妻、それにボクの計5人。
ミセスは連休が取れず、お留守番です。
予定はいつもどおりの夜8時出発、早朝乗鞍は「せせらぎの湯」で朝湯、そのまま乗鞍高原で遊び、下山後「坂巻温泉」で昼湯、宿泊先の平湯温泉「旅館たなか」で温泉入りまくり、翌日高山朝市・白山スーパー林道経由で、帰途「白峰温泉・総湯」を上がり湯とする。
これにて膝完治、目的達成となる。
予定はあくまで予定、旅先での思いつきも楽しいものです。
未明、中央道で星が見えはじめる。
天気予報ではずっと雨だが、「いや、晴れるよ」と、とっても脳天気なボク。その脳天気さにあきれて雲が切れたようだ。
では乗鞍の前に高ボッチに上がるとしよう。早速の思いつき。
塩尻ICで高速を降り、塩尻峠から高ボッチへと上がる。途中、鹿が2度車の前を横切る。高ボッチ頂上付近から諏訪湖越しの富士を求めて夜明け待ち。
諏訪湖あたりの夜景がきれい。
やがて東の空ほの青く、あわせるようにグンと気温が下がり、やってきたのは霧!
富士どころか、直下の諏訪湖の明かりさえ見えない。
西に目をやると、松本平も霧の中。北アルプスも霧の中。っていうか、霧の中はボクたちのほう。
今回眺望はあきらめて松本側へと下り、158号線は前川渡から乗鞍高原へ。
まずは朝湯、である。
入浴自由&無料の「せせらぎの湯」へ。
ここもすっかり有名になってしまって、早朝にもかかわらず先客あり。4~5人でいっぱいの湯船に6人!我が家とかわらん!
とか言いながらもご機嫌に茹で上がったわれら。
駐車場にシートを敷いて朝ごはん。K婦人、いつもありがとう。あなたはわれらの旅行になくてはならない人です。
「善五郎の滝」を見に行こうと、ボクの発案。早速最寄の駐車場へ移動。地図で見ると、駐車場から滝まで意外と近い。ボクの膝を考慮しても大丈夫そう。温泉であったまっていくぶん楽になってるし。
これがまちがい。
平面図での距離は近いが、実際にはかなりの下り坂。もちろん九十九折りだし。タンぜント(高さ/底辺)なんて完全に忘れてるし。右の膝、曲がらんし。
滝展望台まで何とかたどり着き、ボクはここでリタイア。皆さんはさらに滝壺まで下る。寂しく見送るボク。膝イタイ。
しかし、この展望台、素晴らしいではないか。滝を斜め上から見る角度で、しかも落ち口の真上に乗鞍最高峰の剣が峰!神の創りたもうた観光ポスター。精霊踊るパンフレット。気高くも優しい山姿の乗鞍の、すべてを集める剣が峰。まだら模様の残雪に、「シャチが横たわっているよう」とは、滝壺から帰還のB婦人。ああ、おかえり。
ビッコ引きながら再び駐車場へ。松葉杖ほしいよ。
一の瀬園地へと場所を移し、のんびりと湿原散策。ああ、湿原って、なんて足に優しいんだ。
「この先、山野草・山菜の採取禁止」の立て看板を超えないようにワラビ狩り。しゃがめないボクは「ほらそこに、ほらこっちにも」と、指図するのみ。
あ~、のんびり。
このあと再び膝がえらいことに・・ 続きは後日。
2006年05月27日
もしかしたら大変かも-その2
久住へ、行ってきました。車椅子2台積んで。
楽しかったです。ええ、楽しかったですとも。
いや、やけっぱちなんかじゃなくって、しんどいのも含めて楽しかったです。
アンクルに温泉効果はばっちりで、それも出発前から温泉効果だって。
くわしくはCrazy-Rabbitの「車いすの旅-もしかしたら大変かも」にアップしてます。
2006年05月01日
花見
毎年恒例のお花見です。
今年は飛騨一ノ宮の臥龍桜。樹齢1100年といわれ、岐阜県では淡墨桜に次ぐ古木とか。
メンバーはいつものホームパーティーメンバー。
約1000kmの行程を24時間で。
4月27日午後9時出発、舞鶴道・R27を経て北陸道へ。
福井ICから山越をして東海北陸道を通って飛騨高山に。
まずは早朝明けやらぬうちから飛騨一ノ宮で臥龍桜を愛でる。
昨日までの低気温であいにくの2分咲きだが、花芽の数が非常に多く、これが満開ともなれば相当に見事であろう。
歳月を経たその幹はさすがに迫力満点で、五十余年くらいでへたばりかけてるボクなんぞ比べることすら恥ずかしく、臥したる龍とミミズくらいか。
臥龍桜に圧倒された後、飛騨高山に戻り朝市へ。
いつもの加納さんのお店でいつもの漬物購入。
今日はちょっとゆっくり。
古い町並みなど久しぶりに見て回り、喫茶店でコーヒーを飲むゆとりも。
何か物足りないと思ったら、今回は「朝湯」がない。
ん~、温泉の禁断症状が出てきた。
せせらぎ街道を南へと走る。
この時期、峠には当たり前のように雪があり、いつの間にか川の流れが逆になって分水嶺を越えたことを知る。
それにしてもなんてきれいな水だ。わっ!冷てぇ~!
峠をいくらか下ったところで「明宝温泉・湯星館」発見!
早速入浴。500円也
広くて清潔でジャグジーや露天もあって整った設備ではある。が、九州は温泉天国の阿蘇・久住あたりをホームグラウンドとする身にはやはり物足りない。
ここはあるがままの湯ではないのである。
ま、とりあえず温泉に入ったということで、前に進みましょう。
「道の駅・明宝」で一休み。
明宝である。そう、明宝ハムの産地である。
昔ながらのきちんとした良心的な味の、あの明宝ハムである。
もちろん、ボクの好物のひとつ。
お土産と称してたくさん買い込む。が、ボクは知っている。お土産というのは単なる口実で、そのほとんどは我家で消費されるのだ。
ついでに「けーちゃん」も購入。鶏肉の味噌漬けで、食事を作る時間がないときなど大変重宝する。
このあたり、桜は今が満開。
この道の駅から程近いところに「善兵衛桜」がある。
樹齢300年と、岐阜県の名だたる桜の中では駆け出しの若造であるらしいが、いやいやなかなか立派なもの。
おりしも満開であり、そよぐ風にはらはらと片を散らす風情が、あ~これぞさくらだ。
春満喫で心は満足。
しかし体はそうではない。なんとなれば、腹が減ったのである。
飛騨一ノ宮の河原でピクニックのごとき朝食(K婦人、いつもご馳走様です)を食べたとはいえ、早朝のこと。いや、はるか昔のことのような。
郡上八幡で評判の蕎麦屋(下調べ済み)へ入る。
お品書きからボクは「天ころそば」をチョイス。
このあたりでは冷たい汁蕎麦のことを「ころそば」と言うそうだ。
まあまあの味で、それなりに満足。そばつゆは好みの味であった。
腹ごなしに郡上八幡の観光をいたすことに。
昨年、愛知万博の流れでやかましいじーさんたちを連れて来たボクが案内役である。
博覧館で郡上踊りの実演、いがわ小路、飛び込みの新橋と、のんびり見て回る。
吉田川の清冽な流れや古い町並み、豊富な水に感心し、あたりの土の少なさにいにしえの苦労を偲び、なるほど「郡上一揆」かと過去への散歩。
いやあ、今回はあちこちでけっこうのんびりしたよ。
走行距離を1000kmくらいに抑えるとずいぶん時間が出来るもんだ。
さて、次は6月、残雪の白山スーパー林道を約束して解散!
2006年04月21日
もしかしたら大変かも
恒例の「車いすの旅」に出かけます。5月の21・22日に。アンクルとともに。
行き先はこれまた恒例の「久住高原」、宿泊はもちろん「久住高原コテージ」。
さて・・・
アンクルはほぼ寝たきり状態。
その奥さん(叔母です)は看病疲れから脳梗塞で倒れ、これまた車いす生活。
二人を介護しつつの旅行は無理だと。周りはみんなそう言います。
ボクもそう思います。
で、今回はアンクルのみを連れて行きましょう。叔母は叔母でまた予定を立てて・・
その予定でコトを運んでいました。
そこにミセスラビットが一言。
「アンクルは施設暮しで、叔母さんは車いすだから面会にも行けない。普段一緒にいられない二人だからこそ、そろって旅行に連れて行ってあげたい。」
ボク絶句。
何のために旅行に行くのかをすっかり忘れてました。
まず「二人ありき」で段取りすべきでした。
早速実行。
倉敷まで走って、実際に車いす2台が可能かどうか実験。ん、なんとか大丈夫。
「二人そろって行けるよ」と告げると、叔母さん欣喜雀躍。イトコもホッとした様子。
車椅子を2台積むためには最後列のシートを片側跳ね上げておく必要がある。ということは総員5名。
運転手はボク、隣にミセス。2列目にアンクルと叔母さん、最後列にイトコ。以上5名。
3人で二人を介護、こりゃ大変かもしれない。けど久住の大自然がきっと癒してくれるって。
入浴介護でのぼせないようにだけ気をつけて、さあがんばってみよう!
翌日コテージより電話あり。
「バリアフリールームのご予約承りました。」と。
ん~、燃えてきました。
2005年12月15日
温泉旅行強化月間-シメは九酔渓温泉!その3
朝まだき、雪はやっと小降りに。
そっと布団から抜け出し、一人露天風呂へ。
少しぬるめの湯で、風流にも雪見風呂と洒落込んでみたりして。
う~ん、なんともいえない良い気分。これこそ「贅沢」である。
いったん部屋に戻り、隣室のミセスにメールを送る。
「起きろ!風呂行こう!」
実はこの時、ボクは腕時計を無くしていた。
目が覚めたとき、時間を見ようと思って気が付いた。
いつから無いのかはわからないが、時計を外すといえば入浴のときだけ。昨日は朝昼晩と3度の入浴、どの時からか記憶に無い。
もし夕べの風呂ならば、この雪だし、離れた浴棟までは誰も行ってないんじゃないかと思い、「露天に入りたい」というミセスを無理やり家族風呂に連れて行く。
昨日と同じ風呂の戸を開け、脱衣篭をチェックすると、ありました。
特に高級なものではないが、軽さがお気に入りのオールチタンの腕時計、戻ってきました。雪に感謝しつつ、もちろん、入浴。
朝食ももちろん豪華で、我家の夕食よりもはるかに立派。何度も言うが、これで8000円!いきなり常宿の仲間入りです。隠れ宿ランキングでも、一気に最上位に。
さて、一面の銀世界へと向けて出発。
ところが、旅館の敷地を出ないうちに、スリップして側溝に脱輪している車発見!
同じ釜の飯を食った仲だし、ひとつ徳を積んでおこうと、全員で押し上げる。腹ごなしにもなるし。
で、感謝されつつ宿を後に。
筌の口温泉を抜け、やまなみハイウェイに出るが、相変わらずの銀世界。さくさくとタイヤの音が心地よい。
由布院まで出ると、さすがに雪はほとんど無く、乙丸温泉館にて上がり湯。
つるつるすべすべの心地よい湯である。
高速道路が雪で通行止めで、久しぶりに狭霧台へと回るが、峠道は積もってるし凍ってるし。スタックした車や転落車、藪に突っ込んだ車数知れず、JAF大繁盛。
この頃から天気回復。空はきれいだし、景色はきれいだし、道路はスリリングだし、ドライブが楽しいったらありゃしない。
帰りはお決まりの「道の駅・おこしかけ」で最後のお土産購入。大量の柚子胡椒。
もちろん「金龍ラーメン」のトンコツも。
大満足の上リーズナブルな旅行で、もちろんみんなはなまるマーク。
2005年を締めくくる旅は大成功でした。
浮いたお金で打ち上げをやろうね。
2005年12月10日
温泉旅行強化月間-シメは九酔渓温泉!その2
茶屋から宿までは車で5分足らず。
雪もだんだんひどくなるし、早めの投宿でゆっくりしよう。
九酔渓温泉の各種宿泊施設と食事処を総称して「二匹の鬼」という。
その各種の中から今回は「ランプの灯り・桂の秀」をチョイス。
長屋造りだが、シックでグー。和風コテージというところか。
ここには仲居さんはいない。荷物は自分で運び、布団の上げ下ろしも自分でする。したがって、サービス料なるものがいらない。我ら貧乏人にとってはうれしいシステム。
「桂の秀」は一部屋を3人で使用すれば、一人当たり二食付きで¥8000と、夢のようなお値段!
これで「料理が自慢です」と言い切ったことが本当ならば、常宿にするしかない。
とりあえず、お風呂。
「桂の秀」5部屋に専用露天風呂がふたつ、そして坂を200mくらい下ったところに家族湯が五つ、その他の宿泊施設にもそれぞれの専用露天風呂と、風呂には事欠かない。
僕が選んだところだから、もちろん源泉かけ流し。
5人そろって家族湯に。
まずは男女別れて入浴。窓の外には九酔渓の絶景が。おりしも雪一段と激しく、2週前には紅葉を愛でた絶壁が一面雪の華。すばらしい!
部屋に帰り、それぞれ体を伸ばしていると、暮れなずむ頃やがて窓辺のランプに灯が入り(残念ながら電気仕掛けではあるが)、風雪いよいよ激しく、いくら山間とはいえこれがいったい九州なのかと思うばかり。
ほどなく食事時間となり、お食事処「風の音」へと備え付けの傘をさして出向く。いやいや、色鮮やかな番傘である。
さて、「自慢」と宿が言い切った食事である。
手元に「お品書き」があるので、参考までに書いておこう。
風の膳
一、秋の茸祭り(七輪焼き) 一、自家菜園の果物サラダ・キウイソース 一、生湯葉のゼリー寄せ 一、柿の白和え 一、豆乳胡麻豆腐 一、柚庵焼 一、銀杏・むかご串 一、スモークサーモンいくら寿し・稲穂
其の二、関鯵(鯖)お造り
其の三、蓮根饅頭・茸あんかけ
其の四、豊後牛のたたき・オリジナル和風ソース
其の五、自然薯鍋・がめ煮・お漬物・ご飯の膳
其の六、デザート(手作りアイス秋模様・コーヒー)
「関鯖」である。「豊後牛」である。名前だけではない、上等なのである。
素材よし、調理よし、盛り付けよし、そしてサービスが良い。
担当者が邪魔にならない位置で食事の進み具合をちゃんとチェックしている。そしてタイミングよく、次の料理がサービスされる。厨房とのコンビネーション、抜群。
そして、これで1泊2食¥8000と、信じられないお値段。
この宿は従業員が若い。それもかなり。
髪の毛がウニのようだったり、手の甲にタトゥが入っていたり、奔放系の若者である。不快に思う人は思うかもしれないが、其の彼等がまことに良く動く。こまめに、一生懸命に、にこやかに、はきはきと。
この宿を差配する二匹の鬼(女将が二人いる)、只者ではないと見た。
満腹のおなかを抱え、至福の眠りについたのは言うまでもない。
夜が明けてからのことは、また次回。
2005年12月06日
温泉旅行強化月間-シメは九酔渓温泉!その1
やっと私の旅行です。
行き先は前回下見をした「九酔渓温泉・二匹の鬼」。
メンバーは我らラビット夫妻と、ホームパーティー仲間のKB夫妻、BB妻の5人。
出発は3日の夜、4日未明には行きつけの「禿の湯温泉・くぬぎ湯」でいつものように朝湯、朝飯と、ご機嫌です。
やがて夜が明け、はるばるの久住高原。
電信柱(あえて電柱ではない!)と朝日にきらめく電線がこんなにも似合う風景を他に知らない。
阿蘇に上がるころから霧が出だし、思う間に雨になり、気が付けば霙、ありゃありゃと言ってる間に雪となり、山頂付近はすでにうっすら雪化粧。
南に下り、北向山の原生林へ。
ここの紅葉は今が盛り。2週前の下見の甲斐あり。ううむ、見事。
再び久住へと帰り、マイブームの「まんじゅうハウス」へ。
信州の「おやき」を小ぶりにしたようなまんじゅうで、高菜まんじゅうがお気に入り。
小腹が空いたときにもってこい。
「パルクラブ・大地の湯」で昼湯とし、もみじを浮かべた露天風呂に降る雪をしばし楽しむ。
お湯がやわらかい。心も体もまったり。
温泉で火照った体が冷めぬうちに「ガンジーファーム」へと急ぎ、前回ビックリのでかソフトクリーム。
これで昼食も終わったこととする。腹ごなしにショッピング。
昼食をケチったわけではない。
腹を減らしておかないと、旅館の食事を食べきれないのだ。
これ、九州の常識。しかも今日は料理自慢の宿、食べ残してはならじ。
積雪の牧ノ戸峠を越え、あちこちでスタックした車を尻目に冬支度完了のポンポコ3号は快調です。
あれま、観光バスまで動かなくなってる。
投宿前に「ポン!」、「コ~ン!」で話題沸騰中の桂茶屋にご一行様ご案内。
売り子さんが狸や狐のメイクで、
「いらっしゃいませポン!」とか「団子が焼けたよコ~ン!」とか言ってるお店。
ほんとだってば。
で、よく見るとお多福もいました。
ここで再びショッピング。
期待の「九酔渓温泉・二匹の鬼」は次回へと続く・・
2005年11月26日
温泉旅行強化月間-1回休み
私とて鉄人ではありません。
ということで、今週は1回休み。
2005年11月21日
無事帰着
久住より無事帰ってきました。
くたくたです。
おやすみなさい。
2005年11月19日
温泉旅行強化月間
先週に引き続き、今週末は母の姉妹旅行。
母のすぐ下の叔母が「要介護者」になってしまったため、
この姉妹旅行もいよいよ「車いすの旅」の仲間入り。
行き先は通いなれた久住、
そして宿泊はこれまた泊まりなれた「久住高原コテージ」。
婆様4人を引き連れて、ラビットの運転とミセスの介護でいかが相成りますやら。
無事帰り着きました暁には「車いすの旅」にアップします。
2005年11月12日
車椅子の旅‐今夜出発
久しぶりの「車椅子の旅」、今夜出発します。
行き先は信州松本、浅間温泉は「ホテル玉之湯」です。
昨年お世話になったところですが、居心地よく、食事よく、応対よく、お風呂よく。で、今年もお世話になります。
そろそろ林檎(サンふじ)も食べごろではないかと。
これも昨年お世話になった「武居農園」に立ち寄るつもり。おいしかったんですよ、ここの林檎が。サラダ街道から空港方面に行ったところにあります。
行程は、津山出発後倉敷でアンクル一家を乗せ、一路東へ。尾張一宮から東海北陸道を北上、高山の朝市で朝食と漬物を買い込みます。
その後紅葉を愛でながら松本方面へ。
ゆっくりのんびりすごします。
帰ったら「車椅子の旅」にアップしますので、おたのしみに。
2005年09月16日
名古屋万博 「愛・地球博」 その2
やれ「トイレ」だの、やれ「朝飯」だのとかまびすしい連中を乗せて、ステップワゴンは一路東へ。
この連中、音声対応ナビにびっくり、デジタルメーターにびっくり、サイドリフトアップシートにびっくり、オートスライドドアにびっくり、まるでビックリマン御一行である。
さて、小牧IC。万博駐車場いずこも満車の電光掲示板が。それ見て急に元気になるボク。納得しない連中。
納得させるため、とりあえず空港駐車場へ行ってみるが、途中の道路が妙に空いてる。
色めき立つ連中。
「こりゃ、いけるぞ。空いてる空いてる。」
スーパーの駐車場じゃないんだから、少し待てば空くってもんじゃなし。入れないから誰も行かないだけ。
駐車場につくと、案の定「超満車」。
シャトルバスを待つ長蛇の列(って言うか、民族移動だな)を見て、連中やっと納得。
満車になった時間を考えると、列の最後の人でも最低1時間は並んでる状態。じゃ、最初の人はいったいいつから?
方向転換して、目的地変更。ひそかに作った第2予定表に光が当たる。行先は「郡上八幡」。ちゃんとナビに入れてあるし。
かくしてビックリマン御一行は午前11時過ぎ、郡上八幡到着。
なかなか良い町ではないか。
博覧館で郡上踊りを見たり、豊かな水に感心したり、飛び込みで有名な橋では遊びに来てた大学生けしかけて飛び込ませたり、なかなか楽しかったぞ。
さて、旅館に入る時間があるので、午後3時に郡上八幡を出発。
できたばかりの東海環状自動車道を通って岡崎へ。渋滞の市内を抜け、南へ小一時間で西浦温泉到着。
宿泊先は・・名を伏せておこう。
車は係りの者が駐車場へ入れるというので、フロントにキーを預ける。
三河湾を望むロケーションに文句はないが、カルキの香りたっぷりの温泉は文句大有り。誰だ、こんな旅館取ったのは!
海のそばだけあって、料理は「海の幸満載」などと油断してはいけない。冷凍物オンパレード。量だけは山のように。バブル時代の経営そのまま。
半分も食べないうちに食欲が失せ、コンパニオン(呼ぶなら介護士か看護士だろう、じーさんたち)に「キミキミ、この料理食べたまえ、お兄さんのおごりだよ」と、片付けさせた。
これで「料理自慢の宿」とは片腹痛い。二度と来ることはないだろう。
ちなみに岡崎(家康の居城)から来たと言うコンパニオン二人は、「三葉葵の御紋」を知らなかった。
※後日判明:一人当り3150円也の「飲み放題コース」を追加してたらしい。飲まない人2名、少ししか飲まない人2名、普通に飲む人1名、なのにである!
これは頼んだほうが悪い。
翌朝、フロントで車のキーを受取り、エンジンをかけると、ステレオがガンガン鳴ってる。前日ステレオなんか使ってないし、非常に不愉快。何が減るもんじゃないけど不愉快。「二度と来ることはない」ではなく、行く人に「やめたほうが良い」というレベルの宿である。×××別館〇〇〇である。
いくら土曜とはいえ、いくらコンパニオンを呼んだとはいえ、いくら飲み放題コースを付けたとはいえ、31650円/一人!
この1/3の値段で「本物の温泉」と「上等の料理」と「質の良いサービス」と「最高のロケーション」を持つ宿を3ヵ所、ボクは常宿にしている。
じーさんたち、時代が変わってることに気が付こうよ。
今日も万博など見向きもせず、敦賀へと向かう。
目標は三方の「源与門」。うなぎの名店である。 「うなぎは炭と愛情で焼く」という初代の家訓を守り、4代目が包丁を持つ名店である。
うなぎ特重2520円也。
この旅行初の大満足。
家族に食べさせたくて、お土産に蒲焼購入。
この頃から雨。
福井嶺南地方は大雨洪水注意報発令。
三方五湖や古寺散策を予定してたけど取りやめ。帰ろ帰ろの合唱で、なんと5時前には津山まで帰ってしまいましたとさ。
教訓:旅館選びはコツを知ってる人がやること。幹事は正確な情報を収集すること。老いては子に従うこと。
2005年09月14日
名古屋万博 「愛・地球博」
人ごみは嫌いです。しかも「おぞましいほどの人ごみ」の名古屋万博に行こうなんて。
ボクの住んでいる町内には、町内役員の親睦会があります。
町内会計を仰せつかっている身として、会の末席を汚していると言うか、使いっ走りと言うか、運転手と言うか、年寄りたちの介護役と言うか、こちらとしては迷惑極まりないのですが、重宝されているみたいです。
旅行用にステップワゴンもあるし。
で、その会で「愛知万博に行こう!」と、相成ったわけで。
最初っからボクの車をアテにしての計画だから、不参加表明もできず。
予定はすべて町内会長のK氏が立ててくれたが、9月の10日(土)、11日(日)だと。
土日にこだわる年齢の人なんていないでしょ!
嗚呼、混雑必至。予定だけで泣きそう。
K氏の予定。
11日朝5時出発―万博を見る―西浦温泉に泊まる。翌日再び万博を見る―帰る。
素敵な予定表をありがとう。
これでは往復運転手のボクが悪者になってしまう。ので、行程表作成。
最寄の駐車場を調べ、距離・時間と起こるであろう渋滞を勘案し、西浦温泉なる場所を調べ、そうしているうち「不可能」の文字が頭をよぎりだす。
西浦温泉って、万博会場から80kmも離れてる!
朝5時出発で9時過ぎに名古屋近辺までは行けるが、渋滞を考えると駐車場に入るのが10時半?シャトルバスの待ち時間が1時間?会場入り口の待ち時間が1時間?
とすると会場入りは12時半ではないか。
「旅館5時入り」から逆算すると、会場を遅くとも2時には後にしなければ、って何見るの?
しかも、翌日旅館を8時に出ても同じような時間帯になってしまうではないか。
前売でチケットを買ってないのが唯一の救い。
さて当日、午前5時になるとわらわらと集まってくる。が、そこはやはり年寄り集団、「帽子を忘れた」と言って取りに帰る者や、時間を過ぎても現れない者など、出発前にすでにメランコリィなボク。
しかも「どこかのサービスエリアで朝飯を」とのたまう。
早出の意味ないじゃん!
運転手は4時前に起き、ちゃんと朝食を摂って体調を整えているのですぞ!
こうしておぞましい旅行は幕を開けました。
*次回に続く
2005年08月24日
山歩き
と言っても、1,000mちょいのところを3時間ばかしだけど。
場所は岡山と鳥取県境にある上斎原県立森林公園。久しぶりにいい汗かこうと思って。ミセスラビットも休みだし。最近嫌な汗ばっかりかいてるし。
前回(5月)行ったときは、運動不足と加齢による足腰の衰え-悲しいが事実だ-により、膝はガクガク、息は絶え絶えで、普段から酸素ボンベ担いで病院の階段を駆け上がっているミセスに遅れをとってしまった。
翌日より一念発起で早朝散歩を開始。坂道・石段などある4kmコースをジョギングなど加えながら。
当然ながら雨降りはお休み。雨の降りそうな日もお休み。寝過ごした日もお休み。気が滅入ってるときもお休みだけど。
で、トレーニング(どこがじゃ)の甲斐あって、本日は堂々とミセスの前を歩き、無事踏破。
コースはサンダルでも歩ける一般コースから4等三角点のあるピークを超え、一旦一般コースへ下って渓流沿いを滝まで遡り、登山道に入った後、滝を巻いて尾根に出る。この滝から尾根までが森林公園全トレッキングコースの中で一番の難所。コース図によれば距離あたりの時間が他の3~4倍になってる。前回アゴ出したところ。
尾根からは鞍部を通って次のピークへ。そして一般コースへ向けて長い下り。
コース長約4,500m、標高差約260mの2時間コース。
「なんだこれくらい」と言われそうだが、日がな一日パソコンに向かっている身にはしんどいのである。
橋の上から渓流を覗き込んで岩魚の観察をしているときに、目の前を横切っていったミヤマカラスアゲハ。角度によって瑠璃色に輝く羽に見とれてしまった。
珍しいギンリョウ草に無数のきのこ、先っぽが赤くなりかけたナナカマドと見所いっぱいのトレッキングでした。
ちなみにこの森林公園、ミセスと初デートの場所です。はるか28年も前のこと。
4等三角点にて
ギンリョウ草
2005年07月30日
海水浴
10年ぶり、かな。海水浴なんて。
東京の姪が双子ちゃん(3歳)を連れて帰ってきたので、サービス。
フィンにマスクにシュノーケル、倉庫の奥から引っ張り出してチェック。ん、まだ使える。
フィンなんて30年前の超ハード、足がもつかしら。
メンバーは東京の姪&twins、横浜の姪(アウトドアの申し子)、twinsのじいじ、ボクで合計6名がポンポコ3号に乗り込み、目指すは島根半島北浦海水浴場。
水がキレイで砂浜と岩場があって台風が来ても泳げるところ。
実際に台風接近中で外海は白波が立ってた。
最初のうちこそ浮き輪に入ったtwinsを押したり引いたりして泳いでました。しかし、一旦じいじにバトンタッチするともう子供のことなんか忘れて横浜の姪ともぐりっこ。
10年ぶりのスキンダイブ、息が続きません。でもボラと一緒に泳ぎました。海タナゴを追いまわしました。ハコフグとにらめっこしました。
でっかいヤドカリと立派なサザエを捕まえて、子供たちに見せた後、海にかえしてやりました。あー、サザエ、もったいない。
帰りに境港の市場で「コショウダイ」と「イサキ」を仕入れ、今夜はみんなでお刺身。
コショウダイって結構おいしい。
2005年07月25日
慣らし運転レポート
「ポンポコ参号キタ-!」の翌日、早速高速道路へ。
ナビ連動のETC、ちゃんと動作してます。
本線への進入路、大きなカーブで「おっ、結構踏ん張るではないか」。想像してた以上のコーナリングと思いきや、「なんだ、スピード出てないじゃん!」。
やはりステップはステップ、オデッセイのようには行かぬか。ま、旧型のステップやT社・N社の同クラスミニバンのようにフワフワクラクラはしないけど。。。
倉敷にて従妹と足の不自由な叔母を乗せる。早速サイドリフトアップシートの出番。う~ん、これはらくちん。
再び高速に上がり、境港へ。
岡山道、米子道は高低差激しく坂道ばかり。非力な2000ccにこそ5速ATが欲しい。
ブレーキは5人乗車でも不安はなく、踏力に応じてしっかりと効く。昔乗ってた〇ウン〇ースのように顔が引きつることもない。
走行中にワダチを拾うと、「ふらつきが大きくなりました」とナビが言う。暗に「おまえは下手だ」と言われてるようではなはだ気分悪し。
快適走行速度は100km/h前後。う~ん、オデッセイマイナス20km/hかぁ。ドライブスケジュール製作時の平均速度の見直しが必要だな。
バック時のリアカメラはとっても便利。明るく見やすく、思った以上。駐車時大活躍。
境港ではミストラルで昼食。このレストラン、リーズナブルなのに従業員の教育は行き届いてるし、おいしいし、ロケーションは良いし、リッチな食事をした気分。お気に入りのひとつです。
「おさかなセンター」でカレイの干物を買ってかえったけど、これは近年にない大はずれ。5匹セットで2500円を2000円にするからと言われて買ったが、1匹目、焼き上がる前にぼろぼろのぐずぐず。しかも臭い。残りを再度天日干をしてみるが、裏返す時点でぐちゃぐちゃ。2匹目、とりあえず焼いてみるが、まずい。3匹目以下、廃棄処分。半分腐ってるし。かげ〇ま水産、観光客相手だとこんな商売するの?
市場の行きつけの店に行かなかったのが失敗。反省。
巨大スーパーのPLANT境港店でショッピング(ここの食パンは安くておいしい!)をして、倉敷に帰ります。
倉敷で夕食をご馳走になった後、またまた高速で津山へ。
本日走行距離、約500km。燃費、10km/L・・・エェッ!たったのそれだけ!? 13~14km/Lを期待してたのに・・・。
これは研究の余地あり。
2005年07月17日
ポンポコ参号キタ-!
ついに来ました、ポンポコ3号。ステップワゴン・サイドリフトアップシート。
これでアンクルもママもらくらく乗車可。
実際に自分で座ってリフトアップ体験。おお、快適ではないか。
ゆっくりだがスムーズ。車内に回転しながら引き込むとき、つま先がボディに引っかかりそうで引っかからない。
モーターなどのメカ部分を見てみると、「で、でかい」。シートの後ろ、3列目のフットスペースにメカ部分が飛び出している。3列目左側の乗車はかなり苦しい。
こんなこと、カタログにもメーカーのホームページにもひとことも書いてなかったぞ!
ポンポコ3号、いきなり減点。
その他、オデッセイより小柄なこともあって街乗りは快適。思ったより静か。
とりあえず、明日は高速走行のチェックをしてみよう。
2005年07月06日
阿蘇・久住 ほたる乱舞のエンディング
さて翌朝。
満足げに寝ている家内と息子をたたき起こし、もちろん朝湯。
広大な溶岩台地と阿蘇をバックに、ゆったり入浴。まさに「満天望の湯」。
朝食はバイキング。毎度4杯飯、5杯飯と笑われるので、今日は圧縮テンコ盛の2杯飯。
ん、もしかしていつもより多いか?
チェックアウト後、およそ日本らしからぬ景色に歓声を上げつつ、久住ビジターセンターへ。
どっぷりと久住に浸かり、心の底まで洗われて、完全リセット完了。
噴煙の山を背中に、まさに「後ろ髪惹かれる思い」で湯布院へ。
(都会育ちのお嬢さん方より、「由布院へ」のリクエストあり)
目指すは乙丸温泉館。
昔ながらの公衆浴場なれど、これが極上の湯!
一度浸かれば一日中お肌ツベツベの、特に女性にとっては夢のような湯。
もちろん、お嬢さん方の評価もダントツの五つ星!
俗化したメインストリートとは別に、由布院の魅力を理解していただけたようで。
帰途、豚骨ラーメンに「本場ものは違うね~」と舌鼓を打ち(えっと、だれか調子悪いんじゃなかったっけ)、そのあまりの安さに「バーミヤンより安い!」と驚きつつ、九州よさようなら。
貸切の中国道をひた走り、津山着はちょうど日暮れ。
「じゃ、ほたるを見に行こう」と、いつものポイントに行くが、ちょっと少なめ。
「思い切ってアソコに行こうか」。
アソコとは、いろいろ思い出があってしばらく封印していたところ。
何年かぶりに封印を解いてみると、あの時と変わらずほたるの乱舞。まさに乱舞。
旅を締めくくるのに充分すぎるほどの乱舞。充実と、放心と、やすらぎと。
翌日、名水コーヒーを飲んだ後、お嬢さん方と息子はすっきりとした顔で、都会へと飛び立って行きましたとさ。
2005年06月23日
阿蘇・久住 その3
再び久住高原に戻り、「パルクラブ・大地の湯」へと。
パルクラブというのはもともと福祉施設で、農業とか酪農とかやってて、自家製のものを供してくれる。
もちろん温泉も極上の自噴泉。
自家製イチゴを使った「イチゴちゃんソフトクリーム」-声に出すにはちと恥ずかしい-が大変おいしく、都会育ちのお嬢さん方絶賛。
ちょっと遅めのお昼はシャモ!
シシャモではない、軍鶏である。コクがあって、歯ごたえがあって、それでいてシワくない。これはうまい!
おなかが膨れたところで、大草原でのお昼寝へと向かう。
アザミ台展望所の、阿蘇を望む大草原。振り返れば久住の山頂付近にはミヤマキリシマの群生が。
いやいや、大満足のうちにしばしまどろむ。なんという贅沢、なんという快感。グゥ。
しばしのち、目覚め快適・頭すっきり。
広大な敷地の久住高原コテージへ、早目に投宿。
まずは風呂!
阿蘇を眺めながら、さえぎるもののない露天風呂。都会育ちのお嬢さん方、またまた大絶賛。体調不良を訴えていた「お嬢さんその1」も、このころにはすっかり元気。
ストレスってなんだっけ~、な顔をしている。
このコテージ、料理上等!
私の行くところ、うまいものと温泉は常にあり。
食後、本日が初日という「ほたる観察ツアー」に参加。
暗い暗い道をバスに揺られて約20分、七里田温泉でほたる観察。
懐中電灯でほたるを照らしたり、上着を手に持ちバサッと捕獲を試みたりするDQNな同宿者はご愛嬌?
帰ってまた風呂。本日4度目の入浴。
朝は朝星、夜は夜星、こんなに遊んだのは久しぶり。
シアワセのうちに、もう寝ます。
PS:阿蘇の夕焼けは神秘的でした。
2005年06月18日
阿蘇・久住 その2
さてさて、すっかり日は昇り、次なる目的地は阿蘇。最近活動が盛んです。
まずは阿蘇神社参拝。おみくじは吉。
この神社、少し変わってて、参道が本殿に向かってない。楼門の外を本殿と平行に設けられている。そして参道をまっすぐ見通すと、そこには阿蘇山が・・
参道とは本殿に向いて付けられるものと思っていたが、実は「御神体」に向けて付けられるものらしい。ここの御神体は本殿に収めるにはちと大きすぎる。何しろ阿蘇山そのもの(正確には噴煙を上げている中岳火口らしい)だから。
にわか善男善女になって、まずは腹ごしらえ。ファミレスで本日二度目の朝食。
仕事のストレスで体調不良を訴えていた「都会育ちのお嬢さん その1」はまだ食欲がないらしい。
阿蘇登山道の牧歌的な風景の中、高度を上げるに従い景色が開け、「うまーっ!」「うしーっ!」の黄色い声とともに草千里へ。
眺める火口は噴煙ことのほか多し。火口見物は本日禁止。草千里のモデル馴れした馬と記念写真。マナー皆無の中国人団体客に辟易。
かの国では投石騒ぎがあったが、この国でも・・いやいや、あえて国際紛争を起こすことも無かろう。
阿蘇を南に下り、北向山原生林を眺める長陽大橋に着くも、全員爆睡(ポンポコ夫妻を除く)。ここは次回のお楽しみということで・・パス。
大津道の駅で皆をたたき起こし、お土産の買いあさり。
今度は西から阿蘇へと登り、北へと下る。もちろん、「うまーっ!」「うしーっ!」とともに。

2005年06月16日
阿蘇・久住 その1
ポンポコ弐号ラストドライブです。
13日未明、灯りひとつない山中にて(でも国道沿い)満天の星を観察。天の川が白くひかり、なるほどミルキーウェイだ。あっ、星が流れた。
横では流れ星に合わせて「カネカネカネ」と、これは姪の声。声はださねど思いは同じ。
全員道路に寝っ転がって空を見上げる様は、場所といい、時間といい、さながら集団自殺か。
程なく、はげの湯温泉くぬぎ湯に到着。これが今回のかかり湯。
そこら内中から噴気がボウボウと立ち上がり、まるであちらの世界。
入浴後、地獄釜にて持参の卵・ジャガイモなどふかして夜食というか朝食というか。
都会育ちのお嬢さん方・都会に行っちゃった息子、大満足。
湧蓋山(わいたさん)に朝日が射すころ、出発。池山水源へと向かう。
このあたり、久住山系の名水の宝庫。
ペットボトルに水を汲み、「帰ったら名水コーヒー入れるよ」と。
2005年05月28日
ポンポコ3号
旅行用の新しい足、ポンポコ3号を発注しました。
今まで乗り継いだ車はそろそろ20台に手が届こうという勢いです。以前はクルマ屋に勤めていたとはいえ、これはちょっと多すぎるかと。
さて、最初の頃はソロツーリングで長距離を走り、やがて家内とドライブするようになり、家族でのドライブをへて仲良しグループでのドライブとなり、合わせて障害者を乗せてのドライブもと幅が広がり、スポーツタイプや並みの乗用車では積み残しが出るはめに。
そこで購入したのが初代オデッセイ。平成7年のことでした。
タヌキ合戦のような夫婦でグループを引率するため、平成ポンポコ号と命名。宮崎監督、ごめんなさい。
この初代ポンポコ号、実に良く走ってくれて、われわれを西日本(関東を含む日本列島の西半分という意味です)各地に連れて行ってくれましたが、平成15年11月10日、高速道路上で無理な車線変更の大型トレーラーにヒットされあえなく廃車。
享年8歳6ヶ月、走行距離15万kmでした。
誰一人かすり傷も無く、最後まで私たちを守り抜いてくれた車でした。
さて、1週間後に車椅子を積んで6人グループの旅行が控えていたため、今すぐ乗れるオデッセイを、ということで2代目ポンポコ号となったのが平成12年製の中古オデッセイ。走行距離、なんと78000km。しかも事故車ではないか。
まあ、無理言ったんだから仕方ないか。
このポンポコ2号、1年半で3万kmとよく走ってくれはしたけど、やはり中古は中古。
4WDであるがためか燃費も少々悪く、長距離でも10km/L少々とやや不満。
障害者のための装備、リフトアップシートの必要性もあって思い切ってステップワゴンのリフトアップシート付を発注しました。新型記者発表の日に。

納車は未定。
さてさて、このポンポコ3号がどんな走りっぷりを見せてくれますことやら。
2005年05月24日
久住高原
おなじみ久住高原に行ってきます。
宿泊は「満天望の湯」の久住高原コテージ。
ミヤマキリシマにはちと遅いけど、温泉三昧してきます。